サンドウィッチマンライブ
2007
新宿与太郎哀歌

3月5日(水)DVD発売!
本体価格:3990円(税込)
販売元/CCRE株式会社
M-1グランプリ2007
完全版
敗者復活から頂上へ
〜波乱の完全記録〜

3月19日(水)DVD発売!
本体価格:6090円(税込)
(2枚組)
販売元/RandC
『計画的』
よくサイン会を開いていた。
小学校6年ぐらいの時である。友達二人とファンクラブの会員証みたいな物を手作りし、別にスターでも何でもないのに『あー並んで並んで』などと皆にサインをする。逆に並んでるヤツらはバカなのかな?と不思議だった。でも実はその頃既に芸能人になりたいと思っていた。そして
このサインに価値がつくようにしなくては、とも。だから今もそのサインは変えていない。あだ名だった「おとみ」のサインを今も昔と同じように書いている。
卒業アルバムに載せる文集を書いてる女子が『将来の夢は光GENJIに会うこと』みたいなことを書いててちゃんちゃらおかしかった。小せぇよ、こんな簡単に叶うことを夢などと言うな、と説教した気がする。
こう考えると私はとても計画的な子供だったのだな、と我ながら関心する。もしなりたい職業が弁護士やら医者だったらさぞかし親も喜んだだろうに。
「計画的」と言えば消費者金融の決まり文句として有名なのが「ご利用は計画的に」だが、いつも見てて思うのは、
「計画的な奴は借金しねーように生活してるよ!」
ってことだ…。
『ストレス解消法』
私のストレス解消法は『説教』だ。日頃のストレスを唯一の後輩である女流ピン芸人『しらきちはる』にぶちかます。
深夜や早朝に電話や直接家にいき、『先輩が起きてるのに寝ているとはどういうことだ!』と、まず寝ていることに対して説教する。そして土足で家にあがったことを注意されると『家が土禁とはどういうことだ!アメリカではそんな家はない!』と説教。『わざわざ先輩がお前ごときの為にご足労頂いてんのに飲み物一つ出ないのか!』と説教。コロッケ作ってと頼むと材料がないと断られ説教。リバイバルされた『なめ猫』のシールを床に貼ったらやめてくれと言われたから説教。うんこして流さずにいたら流してくれと言われたから説教。帰ると言ったのにひきとめなかったから説教。のび太じゃないのにのび太のくせに生意気だと説教。こうしてしらきちはるは私のストレスを解消してくれるカワイイ後輩である。
『ストレス解消法パート2』
すこぶる機嫌が悪い。親善試合とはいえ、サッカーアルゼンチン代表がロスタイムに二点を奪われ宿敵イングランドに負けたのだ。かつてフォークランド諸島という領土をめぐった戦争を発端に、ワールドカップで激突してはマラドーナが手を使って決めたいわゆる『神の手ゴール』、ベッカムがシメオネの挑発にのっておかした反則など因縁と歴史が積み重ねられていくこのどちらも負けられない対決。だが愛するアルゼンチンは負けた…。高さで負けたならわかるが、二代目ワンダーボーイ、ルーニーに決められ、初代ワンダーボーイ、背の低いオーウェンにヘッド二発である。ディフェンスに課題丸だしだ。だが、本命が優勝することがないワールドカップ、ある意味では期待できる。この借りは来年のワールドカップで返してほしい。
だが、私の怒りは全くおさまらないので今から『しらきちはる』の家に行ってきます…。
『仙台弁』
洗剤のCMを見ていて腹が立った。仙台の親子の会話なのだが、「だっちゃ」という仙台弁を使う子供があきらかに「言わされている」のだ。何て言ってたか腹が立ちすぎて忘れたが、基本的に「だっちゃ」は疑問や同意を求める時に使う。
「これこれこうだからこうだだべや。だっちゃ?」「んだ」こんな感じで使用するのである。宮城県人は見ていて違和感を感じるCMである。「マブい」と言う言葉がある。「マブいネーチャンだなぁ」などと、いかしてる的な意味を指すのだが、これが仙台だと意味はほぼ同じだがあまり人に対しては使わず物に対しての表現で外国人が使う「クールだね!」に近くなり、「マボい」または「マべぇ」となる。ある意味スラングだが。若者が使う「超」は「いきなり(またはいぎなり)」となり、「超カッコイイ!」なら「いきなりマボい」、普段の口調だと「いぎなりマべぇー!」になる。我々サンドの会話では普通に出てきたりする。例えば風呂あがりにいい湯かどうかを尋ねるやりとりで「風呂いい感じ?」「今ちょうどいいわ」を仙台弁にすると「風呂マボい?」「今いぎなりマボいわ!」となるのである。
ちなみになまりのキツイお年寄りと話す時は通訳がいないと私でも何を言ってるかわからないぐらいである…。
『新橋とサラリーマンと私』
エンタの打ち合わせや収録で日テレに行くと、新橋で食事をして帰る機会が増えた。
新橋と言えば「リーマン」だ。ベテランサラリーマンやOLが顔を赤らめて楽しそうに酒を飲んでいる。その光景を見ていると「やはり私にはサラリーマンはできないなぁ」と思う。
まずスーツがだめだ。生まれつきノドが弱いのでネクタイを締めるとえづくのだ。私は転勤族の父を持っていたので卒園寸前で幼稚園を中退した。一応卒業アルバム用に集合写真を撮ったのだが、その際に襟のボタンを閉めろと言われてわかってもらえず、どうなっても知らねーぞ!としぶしぶ閉めたら三回吐いた…。写真は襟を力也さん以上に全開にして写っている。そんな私がスーツのサラリーマンになったら大変だ。得意先で名刺を渡しながら
「オエッ…○○商事の、オエッ…とみざオエッ…わですオエッ…ゲロゲロゲロ…宜しくお願いします、ゲロゲロゲロ…」
一発で覚えてもらえるだろうが「帰れ」の一言で一見落着である。そして酒が弱い。どのくらいで酔うのか統計をとってみたら平均「二杯」だった。家でビールやワイン、チューハイをチビチビ飲んだりはしているが、日本酒やウイスキーは確実に吐くという統計もとった。真っ赤になって体中に斑点が出るのでおそらくアルコールをうけつけない体質なのであろう。もしサラリーマンなら飲む機会も多いからエライことだ。
「いやー、部長、今度のゴルフ、ぜひ私もオエッ…お共させてオエッ…くださゲロゲロゲロ…いよーゲロゲロオエップ…」
また「帰れ」である。いや、「クビ」だろうこんな奴。
食べてもいないニンジン入りを一日中嘔吐しっぱなしだ。
結婚式なんかに呼ばれてネクタイを締めなければならない時は我慢して一口ゲロを飲み込む「嘔吐リバース」を連発せねばならなくなる。 書いてて気分が悪い。読んでる方々も同じ気分であろうが続けさせてもらう。それがあって幼稚園の頃すでに「スーツを着る仕事はしない」と決めていた。
夏でも熱いスーツを着て、沢山頭を下げて、汗をかいて、帰りにくだを巻きながら楽しそうに酒を飲み、それでも一定の収入も家族もある新橋のサラリーマンをうらやましく思うこともある。かたや金もなく、守るべき人もなく、いつまでも気分は中二で、売れるかどうかは誰にもわからない芸能界の仕事である。
苦しくて、悩んで、嘔吐して、それでも楽しくて、やめられなくて、嘔吐して。
気がつけば「十年」経っている…。
『イイ声』
私は「イイ声」らしい。
生まれつき持っている声帯だと思われがちだが実は少し違う。
中学くらいに男子は声変わりを経験するのだが、その頃流行っていたのがドラマ『あぶない刑事』である。
最近も映画で復活して話題になったタカとユージのアレである。中でもカッコイイのはドラマの盛り上がりでかかるユージこと柴田恭兵の挿入歌である。
そう、私の「イイ声」の正体は、声変わりの時期に柴田恭兵のマネをして歌を歌っていたからなのである。この「イイ声」とは自分でも扱いづらいジャジャ馬で、教科書を読めば教室の窓がピシピシと音をたてるくらい低く響き、音楽の時間に合唱をすれば「一人だけ音があってないヤツがいるな」と言われる始末…。
今でこそこの声はあらゆる場面で武器として使っているが、思春期に胸の大きい女子がそれをコンプレックスと感じたように、めんどくさく感じたこともあったものである。
しかし、「イイ声」とはまたアバウトな表現だ。どうせなら「声がハンサムだね!」とか「その声に抱かれたい」とか言ってほしい。ただ一つ言っておく。『声が』ハンサムといわれても何一つとして別に嬉しくは感じない…。
『笑いのルーツ』
テレビに出始めて思うことがある。
「サンドウィッチマンに影響受けてお笑い初めたんです!」
なんて子達が将来現れたりするのであろうか?ということだ。
もしそうなれば不思議なものだ。なぜなら自分自身で将来ライバルになる存在を作っているようなものだから。そう考えるとこれを読んでいる親御さん達には絶対に愛するお子さん達がお笑いやりたいなどと言い出したら命をはってでも阻止して頂きたい。今のうちに新しい芽はつぶし
ておかなければ。アブナイ、アブナイ…。
そう考えると幼少時に何に影響されたかは大きい。
私はもちろんドリフやひょうきん族、欽どん、カックラキンなどを見て育ったのだが、衝撃を受けたのは小四の時に友達からまわってきた一本のテープだった。「YMO」と書かれたそのテープには三宅裕司さん率いる劇団「SET」が音で聞くコントを繰り広げていた。あのテープとの出会
いは大きい。ラジオ「ヤングパラダイス」もよく聞いた。そこから「スネークマンショー」なども聞きあさった。そして「夢で会えたら」でダウンタウンさん、ウンナンさん、ごっつやガキ使、ボキャブラ、パペポなどを好んで見てきた。
そのうち理由は書くが子供の頃は漫才が嫌いだったのでちゃんと漫才を見始めたのはこの世界に入ってからだ。間近で生のお笑いを見て勉強できたのは仙台の吉本虎の穴コーナー出演時代。当時まだ売れる前のドンドコドンさんがMCでロンブーさん、ココリコさん、ペナルティさん、品
庄さんなど毎週銀座七丁目劇場出演メンバーが来てネタを披露していた。少し前ドンドコさんやペナさんと会う機会があり、挨拶したら覚えていてくれて嬉しかった。そして上京してからホリプロ時代に現さま〜ずさんや鳴子坂さんを間近で見て勉強した。
他にも多々影響を受けた物もあるが、何を見て育つかも大きいものだと思う。
私のルーツに興味がある方はぜひ文中に出てきた作品を見たり聞いたりしてみてほしい。ただ新しい芽はつぶしていきたいことは変わらない…。
『勘違い』
「唇」。
「クチビル」である。
最近まで「唇」は「ビル」だと思っていて「口唇」と書いて「クチビル」だと思っていた…。
「クチクチビル」だ…。もしラヴレターを書いたなら、
「君のクチクチビルを奪いたい…!」
と書いていたわけだ。
駄目だ、駄目だ…。
『世界一モテないコンビ』
あまりに異性に「モテない」ので嘆いていると、これまたモテないしらき ちはるという後輩が一冊の本をプレゼントしてくれた。

モテる男はこういうもんだ、という内容が書かれたその本はイマイチ私が求めている物とはズレがあったが、なるほどと思う部分もあり楽しく読んでいた。

ふと隣を見ると相方が真剣に本を読んでいる。
はて、どんな本だろう?とタイトルを見た。


その本のタイトルは…


『女にモテたきゃ、ヤクザに訊け!ヤクザの恋愛術』


そう来たか…

あぁ

皆さん、

【世界一モテないコンビ】が、

並んで『モテる本』を読んでおります…。

そりゃ、モテないわ…。
『電話ボックス』
あれは今から十年ほど前になる。
私は仙台でアルバイトをしながらお笑いの世界に足を踏み入れた。
相方は当時、車イスなどの介護用品を売る会社の営業マンをしており、単身福島にいた。
コンビを組もうと誘ったのだが会社を簡単にやめるわけにはいかず、私は別の相方と仙台でお笑いを、相方は一人、自慢の営業スマイルを武器に福島という慣れない土地で頑張っていた。
下ネタ全開の意味のわからない手紙をよこしたり、よく電話がかかってきたりしていた。
無理もない。
「お祭り男」で人一倍寂しがり屋の相方が、友達のいない慣れない土地で一人なのだ。
当時は携帯電話など誰も持っていない時代。
相方は仕事の合間をぬって公衆電話から電話をかけてくる。
その日もそうだった。
「RRRR…RRRR…」
ガチャ
富澤「はい?」
伊達「おう!」
富澤「おう、またサボってんのか?」
伊達「あーもう早く仙台に帰りてーよ…」
などと、毎回たわいもない話をするのだが、その日はどうも電話の雑音がひどい。
富澤「おい、なんかその電話雑音ひでーな?」
伊達「雑音?」
富澤「あぁ、混線してんのかな?こっちから聞いてると女の叫び声みたいなの聞こえるぞ?」
伊達「ほ、他からかけ直すわ!」
ガチャン! ツー…ツー…
富澤「…なんだアイツ…?」
しばらくするとまた電話が鳴った。
富澤「はい?」
伊達「お前シャレになんねーよ!」
富澤「何がだよ?急に電話切りやがって」
伊達「あのな、さっきんとこなぁ、ついこの前リンチ殺人があって被害者の女が助けを求めて電話かけながら死んだ電話ボックスなんだよっ!!」


今から十年ほど前、サンドウィッチマンの二人が経験した実話である…。
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